
久々に、たぶん軽く五年以上は見向きもしなかったディズニーランド(仕事のお付き合いでは去年、一回行ったけど)に行こうかなんつって、数週間前からそれなりに楽しみにして、耳のついたカチューシャだとか、首からぶら下げるパスポート入れだとか探してバックにつめておいたワケですが……。
昨日から、とにもかくにも腰が痛くて、今朝は、まっすぐに立つこともままならない。
ああ、これが噂の坐骨神経痛?
よりによって今日?!
あたし最悪っ。
慣れないことをしようとすると、ろくなことが起こらないという典型。
いくらなんでも欠席事由が『腰痛』って、どうなんだろう自分。
もう少し、まともに『風邪』とかの方がカッコいいだろうよ。
いや、風邪がカッコいいかどうかは、ともかくとして、腰痛がカッコ悪いことだけは確かだ。
確か、一昨年、ギックリなカンジになったときも思ったっけ。
「神様……人はなぜ直立二足歩行なのですか?」って。
腰痛の嫌なところは、ただの病気と違って、なんとなくなんだけど、
(もしかしたら、この痛みが癒えることはないかもしれない)
と思えるところにあると思う。
おそらく、潜在的に私が持っている直立二足歩行にたいしての不信感みたいなものを理由に。
明日、まずは明日、まっすぐ歩けるといいけど。
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知らなきゃよかったのにって思うことって、いっぱいあります。
ささやかなことから、大きなことまで。
特に、ささやかなことに関してはパソコンを使うようになってから、随分とそう思うようになった。
以前から、本を読みながら、ちょっとしたことで辞書をひいたりするので便利になればなるほど何かっていうと知りすぎてしまう。
調べなくても情報は氾濫しているし。
例えば、そう、この前、ささやかにそう思ったことなど。
『One more time, One more chance』という山崎まさよしサンの素敵な曲があって、この曲が本当に良い曲なのです。
『いつでも捜しているよ どっかに君の姿を 交差点でも 夢の中でも こんなとこにいるはずもないのに 奇跡がもしも起こるなら 今すぐ君に見せたい 新しい朝 これからの僕 言えなかった「好き」という言葉も』
って具合に別れた彼女を思い出して歌っていて、私の勝手な妄想として、好きだったのに別れることになって、もはや会いに行くことさえもできなくて、でも、いつか街でばったり会えたらいいのに、なんて祈るように考えているんだろうね……。
せつないね。せつないよ。泣かす…。
別れてしまった道が辛いね。
などと考えていたのですが、このあいだ、ふとした拍子にラジオかなにかで『亡き恋人に捧げた名曲』という煽り文句(?)で、この曲が流れてきて
ええっ、そうだったの?!
大変、驚きました。
なんでも震災で亡くなられた恋人に捧げた曲なんだとか。
歌詞を読み返してみてもホントに、とってもいい曲なんだけど、そんなプチ情報は知りたくなかったよ。
だって、もし死に別れた彼女に捧げてるなら、私の妄想は、メチャメチャ空ぶってる!
行間を読めよ、俺。
死んでしまって実際に会えないのと、生きてるけど会いたくても会えなんじゃ全然、違う種類のことだよ、それは。
そして私は、どんなに頑張っても埋まらない距離のところをポイントに泣いてたんだよ。
生き別れってとこが、まさに、せつなさの中心だったのに。
勘違いしてた……。
知ったからには、もう以前のようにこの曲に酔って涙できない気がする。
知らなきゃよかったのかな?
いや、うん。作品は作品だから、それはそれとしての美しさを評価すべきなんだけど。
曲は確かに素敵な曲だから、変わってしまったのは私の方なんだ。
なんだかなぁって。
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たまには更新しないとせっかくのブログペットの機能が意味ないんじゃないかと筆をとってみたものの、書くことがないよぅ。
つまんないことしか思いつかない。
なんとなく、よく耳にするようになったものの、気に入らない言葉というのがある。
急激にふえて驚いたのが「若干」。
普段、テレビをあまり見ないので、どこで誰が流行らしているやらしらないけれど、ここ何年か誰もかれもが言うので私としてはなるべく使わないようにしている。
私の周りでは若い人に大流行。
この頃、増えてきている気がするのは、「しいて」という言い方。
別に「あえて」でいいような気がする。
感覚として「あえて」のほうが「しいて」より軽い言い方で、「しいて言うなら」って言い出す人がいると、なにも、そこまで言わないで結構だと思う。
で、じゃあ「あえて」と「しいて」ってそんなに違うのか?どこが違うのか?と問われると、こちらも説明に困る程度の差なんだけど。
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やっとブログの引越しが完了。
当初、記事を移したり、カウンターを引き継ぐ気は全然なかったので、予想以上に大変な作業となりました。
ブログペットってカワイイ☆
そんな動機でここに移ってきたなんて、ちょっと恥ずかしくて、前にいたところでは言えなかった……。
しかも、期待したよな機能じゃなかった。
でも、いいのさ。
そうそう、そういえば、今後こちらで本を紹介すこともあるでしょうが、別に好きとか嫌いとかっていうより、なんとなく選んでいるだけなので、面白い本を期待したりはしないでくだされ。
私が読んだときの装丁で紹介するので、場合によっては文庫で購入されたほうが安かったりします。
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ただ、物語の構造的な問題として、ひとを一人、上手に失踪させるために、例えば、人付き合いが全然ない仕事であったり、内向的な性格であるとか、親とは縁をきってるだとか、数ヶ月はバンバン引き落としにあっても痛くも痒くもない丈夫なお財布だとか、ご都合主義な展開にもかかわらず、その帳尻合わせ的な人物設定にページを割きすぎだと思う。
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学校という限られた、ちっちゃい世界のなかでだけ起こりえる共感性というか。
カリスマもマドンナも自然に存在する不自然な世界。
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今は「お母さん」だ。
だからタイトルからして、とっつきにくい。
読めば面白い作品であるし、とても好きな本だ。
でも、最後まで読んでみて、だからこそ考えさせられるこのタイトル。
このタイトルの「ママ」には、とっつきにくさというか、一種の僅かな悪意というか、白いレースの向こう側的な隔たりというか、そういうものは含まれているのかしら?
もともと「ママ」と呼ぶ習慣がある人と、そうでない人には「ママ」の感じ方が違うと思うのだけど。
ママって呼び方を日常的に使ってるなら、なんとも思わない部分なのかな?
読み終わった方、ご意見募集中。
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